そのSSの一部

あらすじ
ドラマの仕事が入ってきた柚季。
そのドラマの出演者の中には先輩である白川みずきがいた。
みずきとの共演シーンでとちりまくる柚季。
落ち込んだまま、休憩に入った。
 
 
 
「はぁ…」
柚季は、楽屋で一人ため息をついた。
―――悪い事言わないわ。ゆずき、その仕事、断った方がいいわよ。今のアンタの演技じゃ下手すりゃ降ろされるわ。
昨日のアヤカの言葉が思い出される。
「やっぱ、アヤカの言うとおり断るべきだったかな…」
柚季の演技は、自分自身でもわかるくらい上手くいかなかった。
監督にも怒られっぱなしだったし、台詞もとちりっぱなし。
挙句の果てには、監督に口答えして、かなり雰囲気が悪くなってしまったのだ。
そんな中、みずきが休憩にしてくれるように監督に申し出た。
 
「やっぱり、みずきちゃんも怒っているよな…」
無理もない。全くミスの無いみずきも、柚季のミスによってやり直させられているのだ。
…このままでは降ろされちゃうとか
…他の仕事でも影響が出ちゃうとか
(うわ〜…どうしよ……)
…やっぱり、今のうちに練習とかしておくべきなのかな?
…それとも、みずきちゃんや監督に謝っておくべきなのかな?
…う〜ん、う〜〜ん

ぴとっ
悩む柚季の頬に突然冷たいものが触れた。

「ひゃあ!」
柚季は、突然の出来事に飛び上がってしまった。
「ごめん…そんなに冷たかった?」
「な…」
急いで、後ろを振り返るとそこには、柚季にとって大先輩でもある、美少女アイドル白川みずきの姿があった。
見ると、両手には缶ジュースを持っている。
どうやら先ほどの冷たいものの正体は、その缶ジュースだったようである。
「わ、わっ、ごめんなさい」
柚季は条件反射的に頭を下げた。
「ごめんなさいって…謝るのはこっちの方だよ。驚かしちゃったし」
「そうじゃなくて、さっきのドラマの撮影のこと!」
「撮影?」
「あたしミスばっかりで…みずきちゃんは完璧に出来ているのに…あたしのせいで…何度もやり直しさせちゃって…迷惑かけてばっかり」
「もう、いいよ、別にそんな事を話に来たわけじゃないし」
「え…」
顔をあげてみると、みずきは特に怒っている様子も無い。
それどころか柚季にたいしてにっこりと微笑んでいる。
「これ、飲む?」
みずきは、そう言って、柚季にジュースを差し出した。
 
 
数分後…
 
 
柚季とみずきがジュースを飲みながら話をしている。
そんな中、柚季はやはり暗い表情のままだった。
「その……みずきちゃんは、他のスタッフみたいに怒ってないの?」
「あたしが…?どうして?怒ってないよ」
「だって、あたし…その演技も下手だし…台詞も失敗だらけだし…その上、監督に口答えまでして……雰囲気を悪くしちゃって…」
「もう、あたしは、怒ってなんていないよ。むしろ、あたしは監督の方が問題があると思うし」
「えっ?」
「だってそうでしょ。自然に演技するのが課題だって言うのに…あんなに怒鳴るだけ怒鳴って、追い詰めて自然な演技なんて出来るわけ無いのに」
「そ、そう?」
「そうだよ。それなのに、あの監督ったら好きなだけ怒鳴り散らしているんだから」
「……」
「第一、監督なんて、いばるだけで、駄々をこねている子供と変わりないんだから」
「…くす、くす」
柚季はつい笑ってしまった。
 
「こないだだってさぁ…あの監督は……」
(へぇ、みずきちゃんってこんなとこ、あるんだ)
テレビの中のみずきは、いつも歌っているか笑っているところばかり。
そのみずきが、まるで自分のことで一生懸命に監督に対して怒ってくれている。
柚季はそれがすごく嬉しかった。
 
「くすくす…」
「良かった。ゆずきちゃん、少しは気が楽になったみたいで」
そういいながらみずきは、柚季ににっこりと微笑みかけた。
一般的にこの笑顔は、天使の笑顔と呼ばれている笑顔である。
(う…やっぱり、かわいいなぁ…みずきちゃん)
柚季の胸の鼓動は早くなり、顔も熱くなった。
いくら女の子のふりをしていても、こういう所は男としての部分が出てしまう。
「あはははは…」
「?」
とりあえず、笑ってごまかした。
 
「うん、うん、これだけ落ち着いていれば、きっと大丈夫だよ」
「えっ」
「あれくらいの演技、自然に出来るから」
「……」
(そうだ…それがあったんだ…)
柚季は、自分の開かれている立場を思い出し、再びブルーになった。
「もう〜、ゆずきちゃんてば、また暗い顔して〜」
「あの……みずきちゃん、聞いていい?演技って、どうやったら上手に出来るのかな…」
「えっ、どうやったらといわれても…」
「あの、あたしって、演技って今までやったこと無いんだ……学校でも演劇とかまともにやったこと無かったし…一生懸命練習したつもりだけど、どうやったらみずきちゃんみたいに上手に出来るのかわからなくて…」
「う〜〜ん、あのね、ゆずきちゃん…もしかして、あたしのこと、すごい人だって思ってるんじゃない?」
「え、それは……だって歌も上手な上に、演技も上手だし…もちろんすごい人だと思ってるよ……違うの?」
「うん、違うよ。だって、あたしもゆずきちゃんと同じだったもの」
「同じって?」
「だから、あたしも、初めて演技した時は、ミスしっぱなしで監督に怒られてばっかりだったもの」
「え、えっ!」
「あたしも初めて演技したときなんて、ゆずきちゃんよりずぅぅぅぅぅぅっと下手だったんだから」
「え、えっ、ええ!!ほ、本当に…」
「うん、本当だよ。誰だって最初は初心者なんだから」
「そうだったんだ…みずきちゃんも…」
「うん、だから、あたしは全然凄くないの」
「……」
「だから、あたしみたいになんて考える必要ないから…ゆずきちゃんらしくやればいいの」
「……」
「安心して、ゆっくり休憩して落ち着いてやれば、自然な演技なんて簡単に出来るから」
「……」
「さぁ、今日の撮影はあたしとゆずきちゃんのシーンで終わりでしょ。頑張ろうね」
みずきは、そういいながら席を立った。
その後姿は、歌手をしているときの天使の衣装でもないのに、天使そのものだった。
(もしかしてみずきちゃんが、休憩を取ってくれたのはオレのために?)
みずきは、部屋を出て行く際にこちらを見てにっこりと微笑んだ。
(やっぱりすごいよ…みずきちゃん…可愛いし、演技も上手だし、それにやさしいし…)
柚季は再び赤くなった。
 
 
 
撮影、終了
 
 
 
「みずきちゃん、待って」
スタジオの廊下。柚季はマネージャーと共に外に出ようとしているところに声をかけた。
「ゆずきちゃん?」
みずきは柚季をみて、マネージャーに声をかける。
「あの、先に行って車で待っていて。あたしもすぐに行くから」
「はい、分かりました。みずきさんも、まだ仕事が残ってますので遅くならないように…」
 
みずきのマネージャーは去り、その場にみずきと柚季だけが残された。
「あの、みずきちゃん、ありがとう」
「もう〜、あたしは何にもしてないって」
「そんなことない。さっきの撮影がうまくいったのは、全部みずきちゃんのおかげだよ!」
「だから〜、それは、ゆずきちゃんが頑張っただけだって」
「違うよ……あたし、みずきちゃんがいてくれなかったらどうなっていたか…」
「もう…でも、ありがと。そういってくれると嬉しいよ」
「ホント、どうお礼していいか」
「い、いいって、お礼なんて」
「でもそれじゃ、あたしの気が…」
「う〜ん、それじゃ、あたしのこと、『みずき』って呼び捨てで呼んでくれる?」
「えっ……え〜!」
「あはは…。やっぱり変かな……、ゆずきちゃんからは『みずき』って呼ばれたほうがしっくりくるような気がしたんだけど」
「え、え〜と…」
正直、柚季はみずきのあまりに意外なお願いに戸惑ってしまう。
(で、でも、そんなことで、みずきちゃんが喜んでくれるなら…)
「あは、気にしないで…別に呼びにくかったら今のままでいいし…」
「え〜と、み、みずき…」
「えっ」
「みずき…みずき……みずき…こ、これでいいのかな?」
柚季の顔は、自分でも分かるくらい真っ赤になっていた。
そんな柚季をみて、みずきは微笑んだ。
「ありがとう、ゆずきちゃん。それじゃあ、またね」
その笑顔は、まさに天使そのものだった。
 
「あ、あの!みずきちゃん…じゃなくてみずきっ!」
「どうしたの?」
「あのっ!あ、あたしのことも良かったら、呼び捨てで…呼んでくれる…かな?」
「え?」
「あの、あたしだけ呼び捨てだと変だし…みずきちゃ…じゃなくて、みずきはあたしの大先輩だし…だから……普通はこういうのって呼び捨てで呼び合ったほうが」
柚季はしどろもどろになりながら言う。しかし、もう自分でも何を言っているのか分からないくらい。
「だから…だから…」
真っ赤になって柚季の言葉が詰まってしまった時、みずきは言った。
「ゆずき」
「えっ」
「ゆずき、ゆずき」
「〜〜」
「これでいいかな、ゆずき」
「〜〜〜」
柚季は感激のあまり言葉が出なかった。
「あ、ごめん、ゆずき。あたし、もうそろそろ、行かないと…じゃあまたね。ゆずき」
走り去るみずき。未だに声が出ない柚季は、みずきの後姿に見とれながら手を振った。
 
一人取り残された柚季は、その場で先ほどのことを思い出し身悶えた。
(ん〜!!!みずきちゃん…いや、みずきって、すごくいい子だなぁ…可愛いし、性格もいいし…)
(それに、名前を呼び捨てで呼んで、だなんて、まるで恋人みたい)
(もしかして、みずきってオレのこと……って今のオレって、みずきからすると女じゃん!)
「何、考えてんだかオレは…」
柚季はテレながら自分の頭をはたく。
はたから見れば不気味な光景だが、幸い周りには誰もいない。
「みずきかぁ……この仕事、断らないでよかったぁ。早く次の撮影来ないかな?」
 
 
 
同時刻、みずきのマネージャーの車内

マネージャーはみずきに話しかけた。
「晶さん、次の仕事場まで少々時間がかかります。少しお休みになった方が…」
「うん、そうだね…昨日はほとんど寝る時間無かったから…ふぁぁ」
「それではウィッグをこちらのカバンに…」
みずきは自分の頭に手を当てて、自分の髪を取り除いた。
流れるようなロングヘアーの下から出てきたのは、男の子の髪型だった。
「晶さん、一応、栄養剤と睡眠薬も用意させていただいておりますが…」
「大丈夫だって……オレは男だし…まだ、そこまで必要ないよ」
「そうですか…」
白川みずき。本名を水城晶。
美少女アイドルである彼女の正体も男の子であった。
 
マネージャーは晶に話をふる。
「そういえば、先ほどの女の子の話ですが…」
「…ん、ゆずきのこと?ゆずきがどうかしたの?」
「いいえ、ただ、ただ、晶さんとずいぶん仲が良いようなので…」
「ああ、その事。う〜ん、何かほっとけないんだよね。ゆずきって」
「ほっとけない…とは」
「何か、ついつい何かしてやりたくなるような、そんな感じかな?」
「そうですか……」
 
マネージャーはまだ言葉を続ける。
「もしかして、晶さん、その子に好意をもたれましたか?」
「こ、好意って?」
「恋愛の対象として好きになられたのか?ということです」
「れ、恋愛の対象って、そ、そういうことじゃないよ」
「そうなのですか?ずいぶん可愛い方でしたけど…」
「た、確かにゆずきは、すごく…可愛い子だと思うけど…そ、そんなんじゃないって」
「そうですか?」
「だ、第一、ゆずきからすると、オレは女じゃないか」
「現在においては、そのようなことは関係ないと思われるのですが」
「あるって…」
マネージャーは、淡々とした口調でとんでもないことを口にする。
 
「も〜、オレはもう寝るよ!」
晶はふて寝するように、いきおいよく眠りに付いた。
(確かにすごく可愛かったな、ゆずき。それにすごくいい子だし。また今度のドラマの撮影が楽しみだな〜)